世界でたった一つしかない日本の鉱物資源−その1

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なお本ブログの物理科学等の理論や見解は、既存の物理科学界では認められていませんことを、ご承知下さい。

本ブログの著者に相談無く本理論を試されて何らかの問題が起きても、一切責任は取れませんのでご了承下さい。

 

 

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ここ2〜3回、このブログのタイトル、「石ころだって生きてるよ」という考え方が登場したきっかけのお話を記したいと思います。

 

きっかけには、福島県只見町の一つの鉱山が関わっています。

この鉱山が、私たちに石ころの命に気付かせてくれました。

 

その鉱山は、田子倉鉱山と言います。

 

田子倉鉱山は、今の地図から消えていますが、30年くらい前までは地図に載っていました。

福島県の奥地に只見湖というダム湖があるのですが、その中に位置しています。

 

只見湖は只見川の水をせき止めたダムで、これより下流にも小さなダムがたくさん作られています。これらのダムは、昭和20年〜30年代にかけて、戦後日本の経済成長を担うために建設されました。

 

只見川の起点に位置する只見町は日本有数の豪雪地帯で、春先の雪解け水は大いに活用できる資源と考えられていたのですが、厳しい自然環境があるため開発は難しいと言われていました。

けれども戦後、日本の経済復興のために関東方面への電力供給源が必要となり、只見川に期待が集まりました。

 

昭和25年、国土開発法が制定されました。

 

この法律により、関東への電力供給を実現する環境整備として只見特定地域総合開発が計画され、いよいよ只見川沿線に複数のダム建設が開始されました。

 

この頃はあちこちで、産業用に電源供給するためのダムがたくさん建設されました。

皆さんがよく知る黒部ダムも、この時代のものです。

 

黒部もダム候補地として大正時代から注目されていたのですが、難攻不落と言われる自然環境のために実現しませんでした。それが同時期に同じ理由の戦後日本の経済復興のために、こちらは関西への電力供給源として昭和31年着工されました。

 

その大変さは、石原裕次郎さん主演の映画「黒部の太陽」で知った方も多いと思います。

大なり小なり、この頃のダム建設は一大土木工事で、苦労が付きものでもありました。

 

只見川沿線のダム開発も同じで、こちらは人々の立ち退き問題という、自然環境の厳しさとはまた違った要素も含まれていました。

 

その困難と言われた只見川沿線の数々のダム建設を裏で支えたうちの一人の、北松友義という人のお話が今回の内容です。

 

 

北松さんは、平成14年8月29日、108才で亡くなられました。

 

本来なら、蒼々たる方々が参列したと思われる葬儀ですが、一切公にせずご親戚だけでひっそりと行われました。

ところが不思議な出来事により、親戚関係が無い私たち夫婦二人だけが、他人として参列しました。

 

何故なら、北松さんはこの田子倉鉱山の鉱山主で、彼の思いを私たち夫婦が受け継いでいたためです。

 

成功するまで死ねないと言っていたのですが、残念ながら夢が実現しないうちに他界されてしまいました。

 

 

 

北松さんは明治28年に生まれ、今の東京電力の始まりの会社・東京電灯に入りました。

 

最初はガリ版刷りという印刷部署に配属されたのですが、来る日も来る日もガリ版刷りというのはゼンゼン面白く無かったそうです。でもやるからには日本一のガリ版刷りになろうと頑張っていたら、そんな行動が当時の土木部長の目に止まりました。

 

気合いの入った彼の性格なら大成すると見込んだのだろうと思いますが、間もなく引き立てられ土木部に転属されました。

 

 

ガリ版刷りのときのように、工夫してより仕事を極めたいという考え方やそれを実現する能力が、北松さんの土木技術をどんどん極めさせました。やがて能力を買われ、東北電力、電源開発と移籍しながら、戦後の只見川沿線の複数のダム開発の建設所長に就任し、福島県内のダムを造り続けました。

 

後にダムの神様と呼ばれるほどになったのですが、彼が最後に就任したのが、田子倉ダムの建設所長でした。

 

そのダム建設で水没する予定地内に、田子倉鉱山はありました。

 

 

只見川流域であちこちのダム建設を担当した北松さんは、建設所長として住民の立ち退き問題に常に接する必要がありました。

 

この頃、沿線の産業と言えば農業ぐらいしか無く、恐らく殆どが先祖から引き継いだ田畑や住まいが水没する工事に反対したことは容易に想像できます。

 

立ち退き交渉にあたり彼らの思いや地方の現実をつぶさに見てきた北松さんは、これからの時代は地方にも新しい産業が必要と考えました。

 

産業の近代化に必須になりつつあった鉱物資源を地元の産業にすれば、地方が潤うと北松さんは考えました。

そのために田子倉鉱山を活かしたいと、只見ダム建設所長時代、既に思いを巡らせていたようです。

 

鉱山からのアクセスはダム湖に埋没する予定でしたが、坑口は予定される湖水面より上になるので、ダム完成後も採掘は可能でした。

本来、産業維持の保障としてアクセス道路を作ることも可能だったようですが、それは実現しませんでした。

北松さんによれば、自分の仕事のために保障費を使ったと思われるのが嫌で、作らなかったと言うことです。

 

いずれにしても彼は、建設所長退任後しばらく後の昭和38〜39年頃、田子倉鉱山の鉱業権利を買い取り鉱山会社を設立しました。

社名は田子倉鉱山株式会社で、元福島県知事も設立発起人に名を連ね、何の産業も無い地方に、一筋の光をもたらしました。

 

 

田子倉鉱山が最初に見つかったのは、江戸時代です。

山の中に黒々とした石ころが落ちていたのを見つけた人がいて、それが閃亜鉛鉱で亜鉛を取り出せる原石でした。

 

 

明治維新後の日本の富国強兵政策により、日本のあちこちで鉱山事業が開始されました。

同じように田子倉鉱山も採掘が始まり、北松さんはこの事業を引き継いだわけです。

 

鉱山運営は少しの間うまくいきましたが、次第に悪化するようになりました。

 

理由は、貿易が盛んになるにつれ、海外から安価な亜鉛が輸入されるようになったためです。

 

採算性で太刀打ちできず、亜鉛鉱採掘の未来は見えなくなります。

 

そんなとき、亜鉛と一緒に産出する副産物に注目が集まりました。

 

副産物とは、この鉱山で主要資源を取り出すと、どうしても一緒に掘らざるを得ないもののことです。

 

二酸化ケイ素という成分を持つ、セリサイトと呼ばれる粘土鉱物です。

 

 

セリサイトはポピュラーな鉱物資源で世界中のあちこちにあり、日本でも産出されており、国産品は主に化粧品に使われています。

 

化粧品用のセリサイトは、とても粒子が細かいことが必要です。そうでないと肌に馴染まないからです。

一方、肌に馴染んで肌理に入るからには、毒性が無いことが必須条件です。

 

流通する化粧品用のセリサイトは、そのために粉砕して人為的に粒子を細かくしています。

 

ところが田子倉鉱山のセリサイトは、ものすごい小さな粒子の状態で山の中に眠っていました。

そんな微粉体の鉱物資源は世界でも珍しく、しかも専門家が調査したところ、田子倉鉱山には、天文学的な埋蔵量があることがわかったのです。

 

それが昭和50年頃のことです。

 

当時、このニュースが新聞で取り上げられ、田子倉鉱山は一躍、世の中の話題になりました。

 

やがて、この資源に注目したスポンサーが登場、北松さんの会社が亜鉛鉱やセリサイトを採掘し、それを精製しながら販売する会社が設立され、只見町民も期待する産業の体制が整いました。

 

 

資金を受け持つ株主もたくさん登場し工場が建設され、セリサイトの研究は東京工業大学が受け持ちと、事業は順調に進みつつありました。

 

 

そして昭和60年頃、この販売会社とnogapapaこと野上昭治が出合い、ひょんなことからnogapapaはその会社の社長に就任します。

ところが就任直後、思いもよらない、とんでもないことが起きました。

 

 

引き継いだ資料を詳しく調べると、就任直前に作られた最新の決算書の内容がおかしいのです。

しかも、直前まで社長だった人と一部の従業員から、未払いの給料を払えという要求まで起こりました。

 

さらには初めての株主総会を準備していて気付いたのは、多数の株主がいるはずなのに総会は殆どが欠席です。

 

 

 

・・・どうも様子がおかしい・・・・

 

 

 

そんなことを感じたnogapapaは、まだ北松さんとは、直接会ったことがありませんでした。

 

 

宇宙人が教えてくれた?

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本日のテーマは、量子生態学が人間は電磁気の塊だと考える理由のお話でしたが、ちょっとその前に、そんな考え方に辿り着いた経緯を少々綴りたいと思います。

 

と言うのは、前回、本当かどうか誰も証明できないようなお話だったので、どうせなのでその当たりの???なお話をまとめて書いてしまおう、というのが、nogamamaの魂胆です。

 

 

そもそも、私もnogapapaも、物理科学は全くの専門外。

 

nogamamaは高校時代の物理も化学もまるで理解できず、いつも2か3をウロウロしていたと記憶しています。

 

nogapapaに至っては、昭和9年生まれで、未だにヘルメットは鉄兜、マフラーを首巻きと呼ぶ世代です。

物理科学も、今の学生さんほどのボリュームで学んだことは、ほぼありません。

 

それがこんなふうに、量子作用の定義だの理論だのを提唱するに至ったには、それなりの原因があります。

 

全て、原因があって結果があるんです。

 

そう、十如是の世界は、どんなものも、何者も、どんな現象も、逃れて存在することはできないのですね。

 

 

で、その原因が、お水にありました。

 

私たちが使っているお水が、被曝を瞬間解消できるメカニズムを持っていたんです。

 

その解消する現象を、東日本大震災のとき、福島第一原子力発電所の災害事故後数日を経て水道水に混入してきた放射性物質によって確認してしまったことが、発端でした。

 

実は私たちは、東日本大震災より以前に、被曝を解消するメカニズムの基になる量子作用の仕組みを、物理の専門家のような方から学んでいたんです。

 

「物理の専門家のような」と言うのは、本当の専門家かどうか不明なのでそう表現せざるを得ないためです。

 

その人の名前は、ここでは仮名で「Aさん」と呼びます。

 

 

今から10年くらい前のこと、Aさんをある方から紹介されました。

その方曰く、「彼の話を聞いてみて欲しい内容が本当と思うかどうか教えて下さい」、というのが始まりでした。

 

ある方というのは、その世界では有名な方で、NHKの昔の番組「プロジェクトX」でも紹介されたことがあるほどでした。

彼にご恩があり、彼がそう望むからには聞いてみなければ、と私たち夫婦は3日間、Aさんから、彼の物理論を聞くことになりました。

 

朝から晩まで、へんな話ですが温泉を廻りながら混浴で3人一緒に温泉に浸かりながら、お湯の中でも旅館の中でも物理の話を、3日3晩、聞き続けていたんです。

 

 

彼の理論を一言で言えば、宇宙自然界は「渦巻きの世界」というものでした。

 

ビッグバンから渦の回転が開始、その回転は電子スピンから始まったという内容でした。

 

それが銀河系の渦巻きに発展し、地球がスピンする惑星として登場し、その渦回転は人体の細胞の中でも起きている、という理論です。

 

その回転は、自然界の中では一方向なのですが、人体の中で人為的な条件が変わるなどが起きると、電子スピンが反転してしまうそうです。

電子スピンが反転したまま細胞形成が進んだのが、ガン細胞になる、というのがAさんの見解でした。

 

 

当時の私たちは、電子作用のことはお水を通してうすうす理解でいていたのですが、電子スピンの反転と細胞形成の話となると、まるでチンプンカンプンです。

でも、電子と言う量子作用が自然界に影響することは、何となく理解できました。

 

と言うのは、私たちの使う水が電子の宝庫だったからです。

 

今、世の中にある電子水と呼ばれる水とは、また違うメカニズムです。

 

人間が人為的なエネルギーで作る電子水は実態が無く、場合によっては自然界にマイナスの影響が出ます。

自然界に自然な形で存在する電子作用は、自然界のメカニズムに沿う作用しか起こしません。

 

その電子作用を私たちは畑で応用していたので、漠然とですが、自然界と量子作用の関係性は理解できたわけです。

 

このとき、後に量子生態学の基礎となる考え方を、彼が教えてくれたのです。

 

今思うと、この基礎を教えて頂くために、彼と出合ったとしか思えない状況です。

 

 

それが、「原子から電子が外れたら陽電気を帯びるけど、電子を戻せば電荷は解消される」という、当たり前の話でした。

ところがこの現象が、被曝解消に直結していることを、彼は具体的に教えてくれたのです。

 

つまり私たちは福島第一原子力発電所の災害事故より数年前に、被曝解消の原理を彼から聞いていたのでした。

とは言え、実際問題として、そんな情報も知識も、私たちには不要でした。

 

当時、放射能はこの世に無く、被曝とも無縁でしたから、何の必要性も無かったのです。

 

 

それが数年後、実際に水道水に放射能が混入して水が被曝してしまいました。

 

私たちはこのとき、彼の言う解消方を試したわけです。

すると、解消できてしまいました。

 

 

おまけに彼は、仏教にも精通していました。

 

そして十如是が自然界の回転作用であることを、教えてくれたのです。

 

そう、あの十如是の回転は、彼の教えがあった故に、皆さんにお伝えできた情報でした。

 

その後、新たに私たちの実体験や研究成果を付加し、間もなく、今のような全理論が整い、量子生態学が発展した経緯があったんです。

 

 

では、Aさんはどこからその理論や考え方を学んできたのか?

 

それが、もう、どうしようもないほど、眉唾なお話で、今も私たちはどう考えて良いか、まるで不明です。

 

でも彼がそう言うので、信じるしかありません。

 

彼曰く・・・・。

 

 

 

  宇宙人に教わった

  こたつで寝てたら宇宙人に連れて行かれて

  気がついたらこたつに戻っていた

  宇宙には何年もいて結婚もしたけど

  地球ではほんの数日間しか経っていなかった

 

 

 

私たちと言えば、ううぅぅぅぅ・・・・・・・・・・・・の絶句ですよ!

 

当然のごとく・・・・、言葉が出ませんでした・・・・。

 

今も、狐につままれたような・・・・・・。

 

そして今、彼がどこに居るのか、何をしているか、わからなくなっています。

 

 

でも、振り返ると、どうしても、私たちに量子生態学が提唱できるように、目に見えない何かが彼と引き合わせた、としか思えないのです。

 

そして量子生態学には、その提唱に必須となった、もう一つの出会いがありました。

 

次回、このもう一つの出会いについて、記したいと思います。

 

 

お化けの世界はあるのか?

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今朝、「サワコの朝」を見ていたら、ゲストの室井滋さんが結構な霊感体質みたいな話をされていて、突然思い出しました。

 

実は、その類いの体験皆無のnogamamaは、こうした現象はあまり信じないほうですが、これに反し、お化けはいるカモとも思っているのです。

 

お化けと言うより、「存在のエネルギー」かな?という感じです。

 

「存在」のお話はpart1で説明しましたよね。

 

「nogamama」や「それぞれ読者の皆さん一人一人」は、「存在」という現象によって初めて、今、この世に生きることができています。「存在」は、人間が死んで肉体が無くなっても宇宙自然界の中で消えること無く森羅万象にあり続け、自然界の回転システムによって、また人間として生まれます。

 

量子生態学では、「魂」を「存在」として、「輪廻転生」を森羅万象の回転システムと認識していると説明しました。

 

この「存在」を何らかのエネルギーとして別の存在である「人間」が感じると、お化けと思ったり霊感で感じたりするんだろうな、とnogamamaは考えています。

 

で、思い出したのは、佐藤愛子さんの著書「私の遺言」です。

 

読んだ方おられますか?

 

古い方はご存じと思いますが、佐藤愛子さんはサトウハチローさんの妹さんです。

サトウハチローさんは、「小さい秋みつけた」などが代表作の詩人さんです。

 

 

この本は、佐藤愛子さんが北海道に別荘を建てたときの体験記で、ものすごい超常現象に何年も悩まされたお話です。

原因は、アイヌや過去の先祖などの怨念でした。

 

佐藤愛子さんは、この超常現象解決のためにたくさんの方の力を借りるのですが、まだ若かりし頃の美輪明宏さんや江原啓之さんが登場します。

そしてこの体験を記し残すことが自分の使命だと考えて、「私の遺言」という本を書かれたわけです。

 

 

今朝、サワコの朝を見て、この本を思い出したんです。

この中に、量子生態学として「ごもっとも!、そのとおり!!!!」と思わず膝をたたきたくなる一文があったのです。

引用しますね。

 

 

****************

 

人格や想念が低い波長だと低級霊に翻弄される。

それを高い波長に変えれば低級霊は憑かなくなる。

高い人格の人には高級霊が憑き、低い人柄の人には低級霊が憑く。

 

****************

 

 

実はこれ、若き日の江原さんに、寺坂多枝子さんという霊能者がかけた言葉です。

 

江原さんは、小さいときから人に見えないものが見えたり音が聞こえたり感じたりする体質でした。そんな体質に悩んでいたとき、この教えを受けました。

 

寺坂さんの言葉は、次のように続きました。

 

****************

 

今の苦しみから逃れたければ人格を上げ、霊能をコントロールできるように開発すればいいのです。

折角授かった力であるからこそ、人々のために使わなければいけない。

 

****************

 

こうして江原さんは、自分のヘンテコな能力を悲しむのでは無く、活かすべき生き方へ進んだわけです。ですから彼のお話や本には、生き方を整えるための教えがたっぷりありますよね。

 

 

佐藤愛子さんのこの本によれば、北海道の別荘の超常現象は1975年に始まりました。

以後、この現象を解決するために、美輪明宏さんや江原啓之さんなど、この分野に長けた蒼々たるメンバーたちが登場します。

そして「浄化」を目指します。

 

何を「浄化」するかと言うと、死んだ人の怨念です。

佐藤家には、はるか昔、アイヌと先祖との間に人の道にはずれた因縁があったようでした。愛子さんがたまたまその土地に別荘を建て、アイヌがその無念を晴らすために祟ったのです。

こうした経緯が、愛子さんや霊能者の皆さんの努力で明るみに出され、浄化が進みました。

その際、霊能者などの皆さんが一様に示したことが、精神性や波長の違いでした。

 

こうして佐藤愛子さんがおよそ20年以上かかって気付いたことは、除霊のような他力の浄化に頼るのでは無く、自分の生き方次第でこうした問題は解決する可能性があるのではないか、ということでした。

 

ところが私たち人間の生き方はおかしい方向へ進んでいて、とても浄化が進む世の中に見えず、それ故に自分の体験を遺す必要性を感じ、「私の遺言」を書かなければと思ったそうです。

 

さて、これに似たお話を私は先に記しました。

 

そう、内田裕也さんと樹木希林さんの関係です。

二人は、過去、アイヌと先祖のような因縁を作ってしまいました。でも樹林さんは、今の人生で過去の因縁を浄化する生き方をしたわけです。

佐藤愛子さんのお話は、これと同じです。

 

つまり生き方次第で、目に見えない様々な問題は解決できるというのです。

そして、愛子さんのお話も樹林さんの問題も、私たちに何かを教えてくれるために起きているようにも思います。

 

 

ところで、こうした超常現象は、あまり報道されませんがあちこちにあるようです。

原因は未だわからず、科学的に未解明です。

でも、こうした超常現象は科学的に解明できるはず、という見解をお持ちの科学者がいらっしゃいます。

 

原子力の放射線防護の専門家で、安斎育郎さんというかたです。

過去、原子力の危険性を踏まえて安全対策を取るべきと学会で発表してから、圧力を感じるようになった体験をお持ちです。

 

福島第一原子力発電所の災害事故は安斎先生の懸念が事実になったので、事故当時は、あちこちのマスコミに招かれて色々な知識を伝えてくれました。

その先生は、心霊現象も超常現象も、科学的に解明できるというのです。

そして、幽霊はいない、という見解です。

 

私たちは、これらを科学的に説明するにはどうしても、自然界が量子という電磁気の世界であることを踏まえないと難しい、と個人的には思うのですね。

そして、量子生態学ならそれを可能にできるとも、nogamamaは考えています。

 

で、それを可能にするには、人間は電磁気でできていることを皆さんが理解する必要があると思うわけです。

 

ということで、次回は、どうして「人間は電磁気」と考えているか、さらに具体的に紐問いてみたいと思います。

それほど難しくないので、お楽しみに!

 

 

余談、その1

 

実は安斎育郎先生、2012年頃に量子生態学をまとめた文章を、全部読んでくださいました。

 

当時のこの文章は、説明も不十分で客観的な説明も少なく、わかりにくかった点も多い状態でした。ところが先生は、超ご多忙な中、気付いた部分や疑問名部分に付箋を貼りながら、時間をかけて全部読んでくださったんですね。

 

ご自分の見解として原子転換は不可能という意見をお持ちでしたが、その上で、量子生態学を否定されませんでした。

それどころか、「物理も化学も正規の研究者ではな無いので・・・・」と話したnogamamaに、こんな言葉を下さいました。

 

 

「それは言わずもがなでしょう、科学的命題の審議には関係ありません」

 

 

要するに、「専門家で無いという言い分は逃げの姿勢です、ちゃんと既存の科学的分析を重ねて証明すべきです、困難ですが地道な姿勢が必要です」ということなどを丁寧に記したお手紙をくださいました。

 

残念ながら、証明を重ねることは殆ど出来ず今に至っていますが、先生のこのご意見は私たちに大きな勇気をくださいました。

先生のお陰で、いつかどこかで科学的な証明ができるよう、今も頑張れているわけです。

 

ここのところ御無沙汰して失礼しておりますが、安斎先生には、本当に心から感謝しています。

先生、ありがとうございます。

 

 

余談その2

 

佐藤愛子さんの本は、親友の齊籐N子が何年も前に貸してくれたのですが、未だに返却せず持っております。

多分、これを読んでいると思うので、この場を借りてお願い。

ごめんなさい、この際なので私にください。

 

齊籐N子さん〜、ごめんなさ〜い!

 

このブログの目次

●2019年1月現在のテーマ

part2:物質って本当は無いかも知れないお話

 

1月5日 物質って本当は無いかも知れないお話

1月12日 人体は電気仕掛け

1月19日 量子とチョコレートの違い

1月26日 量子生態学で見る原子は電磁気のかたまり

2月2日 お化けの世界はあるのか?

2月9日 宇宙人が教えてくれた?

 

 

●2018年12月までのテーマ

part1:樹木希林さんの生き方に見る、お釈迦様の教えと自然の仕組みのお話

 

10月11日 生きる意味を持ってみて 

10月13日 樹木希林さんのこと

10月17日 因縁因果と3千円の御香典

10月20日 如是縁と孟母三遷

10月24日 今の自分を作ったのは過去の自分と縁

10月27日 輪廻転生は、宇宙自然界のシステムです

11月3日 地球の魂と身体のお話

11月10日 縁を作るってどんなこと?

11月11日 記録と記憶

11月24日 自然界の記憶

12月1日 生きるとは、影響し合うこと

12月8日 人が笑顔で無ければ駄目な理由−その1

12月15日 人が笑顔で無ければ駄目な理由−その2

12月22日 因果応報という輪廻転生の最後の姿

12月29日 前世の因縁

量子生態学で見る原子は電磁気のかたまり

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なお本ブログの物理科学等の理論や見解は、既存の物理科学界では認められていませんことを、ご承知下さい。

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前回のお話、少し難しかったかもしれませんが、あまり考えないでくださいね。

量子生態学では、そんなふうに捉えるんだ、ぐらいでOKです。

 

と言いつつ、もう少し、nogamamaの量子生態学で見る量子のお話しを聞いて下さい。

 

 

多くの方は、学校で原子のことを学んだたと思います。

また、福島の原発事故当時、改めて学校などで放射線の影響を、原子の仕組みと共に学びなおした方も多かったと思います。

でもここでもう一度、原子のことをお話ししたいと思います。

 

量子生態学で皆さんに知って欲しいキーポイントは、原子たちは電気や磁石でできている、ということです。

 

とにかく難しく考えなくて良いですから、「原子は電磁気なんだ」ということだけ知って下さい。

これがわかると、量子生態学で考えている、わら人形の作用のことや被曝現象のことが簡単にわかるようになりますから・・。

 

ただし、この量子生態学の考えは、今の物理科学の世界で全く認められていないことだけは、承知して下さい。

そして理論はあくまでも仮説で、第三者の検証は果たされていないので、その点も踏まえて下さい。

 

ですから、このブログを読んで何かピンと来て皆さんが自分で色々試しても、nogamamaとしては一切、責任を取れませんのでご了承下さい。

それを踏まえた上で、お読み下さいますよう、お願い致します。

 

 

さて、皆さんも良く知るように、原子は陽子と電子と中性子で出来ています。

 

ではこの3つ、それぞれどんなもので、どんなふうに原子と関わっているかと言うと、次のような状態です。

 

 

 ●陽子=+の電気

  今の物理科学では+の電気の粒とされています

  陽子の粒は、原子の真ん中に集まっています

 

 ●電子=−の電気

  今の物理科学では−の電気の粒とされています

  電子は、陽子の廻りを特定の軌道を持って廻っています

 

 ●中性子=電気を帯びていない磁石のようなもの

  今の物理科学では、この磁石のような力を「核力」と呼んでいてやはり粒と捉えています

  陽子と一緒に原子の真ん中に居ます

  陽子が2個以上あるときに、陽子を繋げて真ん中に引き留める役割です

 

 

原子はこの3つの材料が集まって出来ているわけですが、通常は陽子と電子の数が同じ数なので、+と−は電気的にゼロになっています。

ですから、原子は電気を帯びていません。

 

また、原子と電子の数は、原子番号になっています。

 

原子番号1番は、陽子1個と電子1個です。

この元素は「水素」という種類で、元素記号は「H」です。

 

原子番号2番は、陽子2個と電子2個です。

この元素は「ヘリウム」という種類で、元素記号は「He」です。

 

原子番号26番は、陽子26個と電子26個です。

皆さんがよく知る元素の種類で「鉄」が26番です。

 

 

で、中性子は、陽子が2個以上になると原子の中に登場します。

何故なら、陽子が2個以上ある場合、陽子と陽子を真ん中に引き留めておく力が必要で、中性子がその役割を担うためです。

その力が、「核力」です。

 

でも量子生態学では、中性子の持つ力を「磁石のような作用」と考えています。

 

水素は陽子が1個なので中性子は必要ありませんが、ヘリウムから番号が増える元素原子たちの中には、中性子が存在しています。

 

中性子の数は、原子番号が小さいとほぼ陽子と同じですが、原子番号が大きくなって陽子の数が増えてくると、中性子の数は陽子よりもどんどん多くなります。

 

 

少し前まで、量子生態学の解説メールマガジン・ミステイクを配信していて、その資料サイトに原子の構造図があるので、良く知りたい方は見て下さい。

また、電子の軌道の様子なども絵で資料を作っているので、興味がある方は見て下さいね。

 

 

原子の構造

 

電子の様子

 

電子配位則表

 

量子生態学用元素周期表

 

 

ちなみにメールマガジンは、読者の皆さんにとって、結構難しかったみたいです。

文章も未熟だったので、それも原因と思います。

かつての読者の皆さん、ごめんなさい。

 

いずれ書き直そうかなあ、と考えています。

 

ですから、まだ読んでいない方は、読もうなどと思わないで下さい。

このブログで必要なことは、お伝えしたいなと思っていますから・・・。

 

今日は、「原子は、陽子という+の電気と、電子という−の電気と、中性子という磁石みたいなものでできている」ということだけ理解して下さると嬉しいです。

 

「量子生態学ては原子を電磁気と考えている」、と、是非、覚えて下さいね!

 

 

 

量子とチョコレートの違い

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ところでこれまで度々このブログで「量子生態学」と記してきましたが、そもそもおいでの皆様は「量子」ってなんだかご存じですか?

量子という言葉は聞いたことがあるけれど、詳しくは????、と思います。

でも、「人体もワンコもにゃんこも、机も椅子も、この世は電気の固まり」のお話には、量子生態学で言う「量子」を知って頂く必要があるので、まずはそこから始めましょう。

 

 

文科省のホームページでは、「量子」について次のような解説を掲載しています。

 

 

量子とは、粒子と波の性質をあわせ持った、とても小さな物質やエネルギーの単位のことです。

物質を形作っている原子そのものや、原子を形作っているさらに小さな電子・中性子・陽子といったものが代表選手です。

光を粒子としてみたときの光子やニュートリノやクォーク、ミュオンなどといった素粒子も量子に含まれます。
量子の世界は、原子や分子といったナノサイズ(1メートルの10億分の1)あるいはそれよりも小さな世界です。

このような極めて小さな世界では、私たちの身の回りにある物理法則(ニュートン力学や電磁気学)は通用せず、「量子力学」というとても不思議な法則に従っています。

 

 

あまりパッとわかりません。おまけに「量子力学」なんて、もっとわかりませんよね。

 

でも、「原子」はご存じでしょう。学校で習ったと思います。

原子は元素を個別に表現する場合に使い、原子全体を意味する場合は「元素」という言葉を使います。

 

例えば、次のように使います。

酸素や窒素は元素の種類で、空気は酸素原子2個の酸素分子と窒素原子2個の窒素分子を持っています。

 

で、nogamamaも今から40年以上前(恐ろしいほど昔です・・・・・)学校で元素のことを、スイヘイリーベブックノフネ、と覚えました。

これ、元素周期表の順番の覚えかたです。

 

スイは水素、ヘイはヘリウム、リーはリチウム、べはベリリウム、ブはBでホウ素、クはCで炭素、ノはNとOで窒素と酸素、フはFでフッ素、ネはネオン、です。

 

で量子は、原子も含め、この原子をもっと小さく分解したときに登場するものたちを意味します。

例えば、原子は「陽子」と「中性子」と「電子」で作られていますが、これらの3つのものが「量子」に当たります。

 

だいぶん前にノーベル賞を受賞した小柴昌俊さんが研究していたのは、ニュートリノの観測でしたが、ニュートリノも素粒子の一種です。

原子の中にあると考えられていましたが、誰にも見えず幽霊のようなものと考えられていました。

それを小柴さんが観測したので、ノーベル賞をもらったわけです。

 

 

こうした量子は、私たちが知る世界と全く違う性質を持っていて、その性質が産み出す作用を「量子力学」と呼びます。

少し前に電子のお話を記しましたが、この状態が「量子力学」の一つです。

1月5日の、「物質って本当は無いかも知れないお話」です。

 

電子は波でもあり粒でもあり、その作用が量子力学で説明されます。

とは言え、今の物理科学でも、どのように捉えたら良いか明確な答えは無いんです。

そして、これが放射能や核物質を処理できない理由の一つになっています。

 

でも量子生態学は、これらを全てエネルギーとして捉える世界なんです。

そうすると、全て簡単に解決できるようになるんですね。

 

この当たりは少しずつブログで解説しますが、今日は、「量子」の世界は、私たちが知っている世界とどう違うかを知ってください。

 

量子の特徴は、値がとびとび、ということです。

とびとびとは、連続性が無い=不連続、ということです。

 

例えば、先に記した元素で説明します。

元素は全部で、108種類ほどあると言われています。

それらの元素原子は、陽子と電子で作られています。

 

水素は、陽子1個と電子1個でできています。

ヘリウムは陽子2個と電子2個、リチウムは陽子3個と電子3個、鉄は陽子26個と電子26個、です。

 

つまり、陽子と電子が1個ずつ集まると水素ですが、2個ずつ集まるとヘリウムになります。

普通は、陽子という物質であれば、どんなに数が変わろうと陽子のままのはずなのですが、量子の場合は、数が変わると違うものになってしまうんです。

 

私たちの廻りのものと、違いを見てみましょう。

 

nogamamaは甘いお菓子類が大好きなんですが、袋の中に、チョコレートとクッキーを5個ずつ入れて持ってたとします。

このチョコとクッキーは、食べなければ、5個ずつの数は変わりません。

そして、チョコはチョコのままですし、クッキーはクッキーのままです。

どこかでチョコとクッキーを1個ずつ食べても、袋はそのままで、チョコとクッキーが4個ずつになるだけです。

 

数が変わっても、チョコとクッキーは同じですから連続しています。

 

ところが、量子の場合は違ってしまいます。

 

陽子と電子を袋に5個ずつ入れて持っていると、その袋はホウ素という袋です。

 

この袋を持ち歩いていて、途中で陽子と電子を1個ずつ食べてしまうと、持っていた袋はホウ素という形からベリリウムという形に変わってしまうんです。

陽子と電子による値、ここでは袋のことですが、連続しません。

とびとびで、しかも値が変わってしまいます。

 

これが量子の世界です。

 

不思議でしょう!?

 

科学者が研究室で、水素の研究をしていたとします。

 

水素は、陽子1個と電子1個でできています。

そんな水素をたくさん集めて研究していたのですが、何かのはずみで、陽子2個と電子2個の組み合わせに変わっちゃいました。

研究者にしてみると、水素の研究をしていたのに、目の前から突然、水素が消えてしまった状態です。

 

そうなると、何が何だかわからなくなってしまいます。

 

そして今から8年前の3月、あの時に起きた福島第一原子力発電所の災害事故では、これと同じような現象が起きたんです。

 

もちろん、原子力技術ではこの現象は解明されていました。

ですから、何が起きたかは十分わかっていました。

でも、量子を物質として捉えているために、対処法がわかりません。

どうにもできませんでした。

今も、わからないままです。

 

このように、量子の世界と物質の世界はまるで違うんです。

でも、物質は原子という量子でできているので、本当は同じ性質のはずなんですね。

 

そして同じ性質として捉えると、被曝は簡単に解消できてしまうんです。

 

このように、根本的な部分で考え方が違っているみたいだ、というところから出てきたのが、量子生態学なんです。

 

それで量子生態学には、「被曝は瞬間に解消できる」という理論があるわけです。

 

その基本にあるのが、「人体もワンコもにゃんこも、机も椅子も、この世は電気の固まり」、なんです。

そこから、「色即是空・空即是色」に繋がってくるわけです。

 

 

今日も長かったですが、大丈夫ですか〜???

 

ここまで、わかって頂けました????

 

 

人体は電気仕掛け

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皆様は、目で物を認識する仕組みをご存じですか?

詳しく知らなくても、何とな聞いたことがあるかと思います。

 

簡単に説明します。

 

物に光が当たると、物の形に応じて光が反射します。

その光が目に入ると、目の中で光を電気信号に変換します。

その電気信号は、視神経を通して脳に送られます。

 

この仕組みは割と昔からわかっていたようで、学校で学んだりテレビなんかでも説明されていたので、個人的に何となく理解していたんです。

でも、他の感覚の仕組みは知らず、せいぜい「聴覚は鼓膜の振動で認識する」程度の知識しかありませんでした。

 

それどころか視覚以外の感覚の仕組みに、電気信号が関与する説明は、とんと聞いたことがありませんでした。

ところが最近の説明では、五感システムの解説に、電気信号がどんどん登場するようになったんです。

 

例えば嗅覚は、鼻の中の嗅細胞で臭い成分が電気信号に変換されて脳まで送られていますし、耳の中でも音の振動が電気信号に変換されて脳まで送られていると医学書に記されるようになりました。

 

で、その脳のほうも、電気信号だらけです。

 

脳は、グリア細胞と神経細胞で構成されていて、神経細胞は約1割しかありません。

でも脳の情報を処理しているのは、1割の神経細胞が主役です。

その神経細胞の中で、情報は電気信号でやり取りされているんです。

 

ただ残念ながら、味覚と触覚は、まだ電気信号の関与のお話は登場していません。

 

人間が、手や足や肌で感じる能力はものすごく敏感ですから、解明が難しいのかも知れません。

触っただけで、布地の雰囲気や動物の毛並みの違いが理解できますし、味覚も膨大な種類の味があますが、それを判別できます。ですから、どんなふうに電気信号に変換されるか解明するのは、至難の業だろうと思います。

 

でも目も耳も鼻も脳も、飛び込んできた情報が全て電気信号に変換されて脳で認識することを思うと、絶対に触感にも味覚にも、似たような仕組みがあるはずだと、個人的に考えています。

 

その上で触覚と味覚は、同じ仕組みではないかとも思っています。

 

何故なら触覚も味覚も、どちらも物と接触することで情報を得るもので、触覚は手や足やその他の肌部分と物との触れあい情報、味覚は口内の肌と食べ物との触れあい情報なので、どちらも「肌という表面の機能性」は共通だからです。

 

と、こんなことを前提にすると、人体とはなんぞやを、次のように妄想(根拠も何も無いので妄想です・・・)してしまうのです。

 

 

 

 人体も物も

 人間がまだ測定できない未知の電気の固まりで

 肌の部分の電気と

 物を構成する電気が接触することで

 スパークのようなものが発生したりして

 電気信号のようになり

 それが脳に伝わって感じるのでは?????

 

 

 

難しいですけど、本当は物質というものは存在しなくて、人間の世界はホログラムみたいな状態ではないかと・・・・。

 

昔サイババという人が、魔法使いのように手のひらから指輪や様々な物質を出すお話が噂されました。でもサイババは、自然界は幻みたいな仕組みだと知っていたので何も無いところから何かを取り出せたと考えると、可能性はゼロでは無いと思えます。

 

在ると思っても存在しておらず、無いと思っても今生きているこの世界は物体として認識している・・・・・。

つまり、色即是空、空即是色の世界感です。

 

実際問題として、物質を構成する「原子」は電磁気の固まりです。

と言うことは、原子が集まって出来ている世界は、電磁気の固まりとなります。

 

ところが人間は、電磁気の固まりの自然界のことを物体として考えているから、核物質も放射能も処理できないのではないか、と思うわけです。

何しろ原子力は、そんな電磁気を分解したり合成してエネルギーを得る技術です。

ですから、電磁気で物を作る技術が無い限り、電磁気の固まりの核物質や放射能を処理するなんてことは、絶対に不可能だと、思います。

 

そして量子生態学は、そんな部分を補う理論なわけです。

 

このパートのお話は、私も皆さんも、電磁気の固まり「+の電気や−の電気や磁石のようなもので作られている」、そんなことを簡単にご説明します。

 

この部分がわかるようになると、引き寄せの法則とか、思いが伝わる仕組みとか、わら人形での呪いがかかる仕組みとか、わかりやすくなります。

 

ということで、次回は、「人体もワンコもにゃんこも、机も椅子も、この世は電気の固まり」というお話です。

 

 

物質って本当は無いかもしれないお話

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あけまして、おめでとうございます。

 

2019年(平成31年)が始まりましたが、早くもすでに6日経過・・・・。

光陰矢のごとしを、いつもお正月間もなく、感じてしまいます。

 

 

光陰で思い出すのは、光の存在。

量子生態学で言う量子は、陽子・中性子・電子の3種類です。

 

ちなみに量子には、素粒子と呼ばれるものもありますが、量子生態学が扱う量子に素粒子は含みません。

 

で、フクイチ原発事故発生当時、陽子・中性子・電子を持つ原子のことを、勉強し治した方も多いと思います。

よくわからない方のために、改めて後に詳しくご説明しますが、とりあえず今日はこのうち電子のことを少しばかり記します。

 

陽子・中性子・電子の3種類のうち、電子は発光します。

 

光と言えば波長があることは、学校で習ったと思います。

波長により光の色が違うことで、空に虹ができることも学びましたよね。

 

でも電子について、昔々、有名なアインシュタインさんは、ものすごく頭を悩ませました。

 

1900年の初め頃に電子の存在に気付いた科学者達が、色々な実験を重ねた結果、電子は光を出すので波のはずなのに、粒だというデータも出てしまうのです。

波の時に粒は無く、粒の時に波は無い、そんな結果に、電子は一体全体波なのか粒なのか?????で世界中がもめてアインシュタインさんも頭を悩ませていました。

 

でもどちらか一方であるという確定した結論が出ず、電子は波であり粒であるというのが、今の考えです。

 

 

そんな知識は皆無、電子の「デ」の知識も無いnogamamaたちは、偶然にもおよそ10年ほど、土とか鉱物とか野菜とか自分や家族の血液とか、ナノレベルの分子類をを顕微鏡で観察し続けてしまいました。

そして辿り着いたのは、もしかしたらどちらでも無いのでは????という結論でした。

 

顕微鏡観察した影像数は、倍率差を含めるとおよそ1万種類近くになってしまい、それらを延々と10年くらい眺めながら、分子が動く様子を見続けながら、色々なことを考えれば考えるほど、この考えが頭から離れなくなりました。

 

 

では、nogamamaたちがどう考えたか?、と言うと・・・・・。

 

 

「どうも電子は電磁気というエネルギーらしい・・・・・」

「それどころか、陽子も中性子も電磁気というエネルギーらしい・・・・」

「陽子も中性子も電子も、粒は存在しないカモ・・・・・・」

 

 

と、実に恐ろしいことを考えついてしまったのです。

 

ところが、この考え方をすると、石ころも生きているとなってしまい、下手したら核物質も処理できるじゃん、と大それた思いまで持ってしまいました。

でその結果、多くの専門家の方から、量子生態学は拒絶されることになりました。

猛烈な拒絶反応を引き起こす研究者も、おられました。

 

拒絶反応を起こさせて申し訳無いことをしたのですが、当の私は物理も化学もまるで度素人で、専門家に対してそんな大それたことを言っているつもりは毛頭無かったのです。

このような考えは当たり前だと思い、素直に量子生態学としてまとめただけなので、何とも立つ瀬がありません(涙)。

 

おまけに、研究成果を論文にまとめる器量など無く、学会に参加するつもりも無く、それ故に専門家の方に話を聞いてもらって、私たちのデータを振り返りながらご指導頂きながら、一緒に研究できたらと過去数年間、あちらこちらにお声を掛けたのですが、100%拒絶され続けているわけです。

 

で、専門知識や予備知識がない方がむしろ簡単にご理解くださるのでは、と、一般の皆様に向けてこのブログを開始したのですね。

 

そして量子生態学の物理とか化学のややこしいお話よりも、量子作用から気付いた量子生態学の哲学論、お釈迦様の宇宙論のお話のほうが興味があるかと思いました。

 

即ち、仏教観の生まれ変わりとか輪廻転生とかのお話のほうが入りやすいかと、そんなお話から開始した次第です。

 

 

話を元に戻します。

 

さて、「電子も陽子も中性子も単なる電磁気のエネルギーらしい=粒は無いカモ・・・・」という思いが頭から抜けない理由は、私が勉強している医学知識にあります。

 

この医学知識は、最先端の情報が、専門誌で私の所に届きます。

 

私ことnogamamaは、健康管理士一般指導員という資格を持っています。

日本成人病予防協会というところが下さる資格で、この資格を持っていると、人体の仕組みとか最新の医学情報とかが冊子にまとめられて2ヶ月に1回ほど届くわけです。

 

そもそも、量子生態学に辿り着くきっかけになったのが、この冊子で学んだ血液検査の知識だったんですね。

その当たりは、そのうちにご説明するようになるかと思います。

 

年に6回ほど届くこの冊子を読んでいると、人体とは、実に精巧な電気信号のやり取りで成り立っている、といつもしみじみ思うのです。

そしてついに、「粒は無いカモ」に辿り着いてしまったわけです。

 


 

ということで次回は、人体の電気信号の様子について、簡単にご説明します。

 

昨年までは、「part1・樹木希林さんの生き方に見る、お釈迦様の教えと自然の仕組みのお話」でした。

本日からは、「part2・物質って本当は無いかも知れないお話」に移ります。

 

 

皆様、今年も充実した人生をお送り下さい。

 

何しろ量子生態学で見ると、私たちは「お釈迦様の教え十如是=存在の輪廻転生という一方向の回転」のまっただ中にいるのです。

ですから、良い十如是を辿り、回転を良い状態にして、ご自分乃人生を素敵にしてください。

 

ただし、量子生態学を信じるか信じないかはあなた次第です・・・という条件が付きますので、ご了解下さい・・・・。

 

 

本年も、本ブログをよろしくお願いいたします。

 

 

前世の因縁

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 「因縁」という言葉を、皆様は聞いたことがあると思います。

 語源はもちろん仏教の十如是で、「因」「縁」です。

 

 

 十如是 

 相 → 性 → 体 → 力 → 作 → 因 → 縁 → 果 → 報 → 本末究竟等

 

 

 自分が直接起こす「相〜作」までの状態と、間接的に関わる「縁」によって結果が生まれ、結果は報いとして人生に表現されます。それは今も昔も、この世に生きる全ての人に当てはまる、自然界のルールです。

 

 ですから因縁は、人生に関する一つの象徴のような言葉ですが、「因縁が残る」というように、問題が残る十如是があります。

 

 ところが問題がある十如是も、存在の流れとして輪廻転生がありますから、生まれては死に、また生まれては死にと、一方向の回転も、間違ったまま何度も何度も繰り返されます。

 

 その十如是の回転とは、あなたや私という魂と呼ばれる「存在」の一つ一つの回転であり、全ての存在の回転は、森羅万象の存在の回転の中で繰り返されていることは、これまでお話ししたとおりです。

 しかもその回転の様子は、存在の中に記録され記憶されます。

 

 ペットボトルの捨て方の違いに見たように、それぞれの存在ごとの回転内容は、自分の中に記録され記憶され、同時に、縁を持つ自分以外の存在の中にも記録され記憶されます。

 

 

 ところで、問題が残る十如是の回転とは、回転の様相が自然界に沿わないことを意味します。

 森羅万象の存在にも十如是の回転があり、その回転に沿わない存在の回転は、森羅万象の回転に乱れを作ることになります。すると自然界は、その乱れを元に戻そうとします。

 と言うより、自然界の流れはそのまま回転して流れ、ほんの小さな違いの流れは、例え発生しても本流に飲み込まれてしまう、という感じです。

 

 大きな川の流れに泳ぐ小さな一匹のお魚が、その流れに逆らおうとしても無理ですよね。

 ですから、逆の方向に泳いで行こうとしても無理で、最終的には本流に戻される、とイメージすると良いと思います。

 

 回転の方向を正しい方向に元に戻すとは、それぞれの存在の記録と記憶を塗り替えることです。

 すると、「森羅万象という存在」の十如是には、乱れが残らなくなるわけです。

 

 そもそも、森羅万象という存在の十如是は絶対的なもので、故に絶対的な状態が確立されています。

 

 例えば、「相」という状態はこうあるべき、「性」という状態はこうあるべき、と定義のような決まりがあります。

 その定義は、誰も何者もどんなものもどんな状態も、手を加えることは出来ませんし、永遠に変化することもありません。

 人は時にこれを、「神」と呼んだりします。

 

 そして、あなたも私もそれぞれが「森羅万象の中の一つの存在」として、「森羅万象の存在」の持つ十如是の定義に沿って生きていれば何の問題も無く、自然界は存在全てが平穏で、十如是はスムーズに回転し続けます。

 

 ところが、それがなかなかできないわけです。

 

 何故出来ないのか、そもそも何故できない存在があるのか、それよりも何故「存在」というものがあるのか、私にもわかりません。でも、どうやら、森羅万象の存在は、その定義の方向へ進むことを良しとしているらしいのです。

 

 そしてその方向へ進むことを、量子生態学では「進化」と呼びます。

 

 人は、輪廻転生という十如是の回転を一回りするたびに、少しずつ定義に沿った回転に近づいて行くというのが進化であり、自然界の本来の姿と、量子生態学では捉えています。

 

 ところが多くは、近づけないまま、あらぬ方向へ回転の行く先が向いてしまいます。

 そうすると自然に、回転の方向性を元に戻す状態が起されます。

 

 

 ところで回転の方向性は、自分一人で決まることはありません。

 そのときの「縁」として、自分以外の「存在」が必ず関わります。

 

 その「縁」が良い縁だと、お互いの存在は、方向性が違うことに気付いて正しい方向へ進めます。

 ところが悪い「縁」の場合は、それぞれの存在が共に、間違った方向へ進んでしまいます。

 

 間違った方向へ行くと、森羅万象はそれらの存在の方向性を正そうと、回転を軌道修正させます。

 

 「縁」によって間違った方向へ一緒に進んでしまった存在達は、一緒に軌道修正が起こされ、一緒に進んだ方向を一緒に変更することになります。

 一緒に変更できれば、それでOKです。

 

 仮に2つの存在が一緒に回転方向を間違ったとして、片方の存在だけが軌道修正できたら、方向修正できなかった片方は、また次の回転で元に戻す必要が出てきます。

 

 このように、一方向の回転において、回転方向を間違ってしまった「存在」は、何度も何度も回転の方向が正しくなるまで、一方向の回転を繰り返さなくてはなりません。

 

 

 この様子が皆さんが良く知るところの、「前世の因縁」と呼ばれるものです。

 

 ですから、因縁切りのように、加持祈祷で解決するものではありません。

 自然界の存在のことを良く理解し、森羅万象のあり方を知り、自分の生き方を整えない限り十如是は整いませんから、回転方向も森羅万象に沿って進めないのです。

 全ては、自分が正しい回転方向へ進むかか否かにかかっています。

 

 

 さて、樹林さんのお話に進みます。

 

 一方向の回転の中で「縁」があって、一緒に回転の方向を間違ってしまったのが、「内田裕也さんという存在」と「樹木希林さんという存在」でした。

 

 現代に誕生した二人は、今回の人生という回転の流れの中で出合いました。

 間違った方向が同じですから、正しい回転方向へ進む道筋も一致しており、同じ道筋で出会うことは必然でした。

 

 お釈迦様は、人生にそんな現象があることを十如是で説き、その内容を、nogapapaと樹木希林さんは同じ先生から教えて頂きました。

 

 その教えを知った樹林さんは、内田裕也さんと二人で一緒に回転の方向を元に戻すことを十分理解しました。

 ですから、二人で元に戻そうとしました。

 だから、絶対に、別れることが出来ませんでした。

 一緒に暮らせなくても人生を共にすることで、二つの存在の流れを正しい方向へ、戻したかったのです。

 

 

 樹林さんが法華経で学んだのは、過去の人生において、裕也さんと共に間違った生き方をしてしまったということです。

 その因縁を解消するために、今回の回転の流れである、この人生で結婚したということも、学びました。

 

 結婚は、最も身近な人と共に、人生の流れを共有するものです。

 同じ人生の流れの中で、間違った生き方を共に正すために結婚という形を今世で選ぶことが多い、と言うのが法華経の教えでした。

 

 人生という回転で犯しやすい間違いの一つが否定だということを、お釈迦様は教えています。

 ですから法華経には、誰かのことを良いとか悪いとか言ってはいけないとか、優劣を自分の身勝手で判断してはいけない、などの教えがあります。

 

 つまり、相手を否定したり認めないことで問題が起こり、そのような行為が十如是の回転方向を間違える原因になります、と説いているのです。

 

 間違った生き方を正す方法の一つが、自分以外の存在を尊敬し大切にし、認めること、です。 

 お互いに尊敬しあって認め合っていたら、喧嘩も戦争もありません。

 お釈迦様の教えには、そんな生き方をしなさい、ということがあるんです。

 

 

 でも樹林さんと裕也さんは別居してしまいましたから、そう簡単に、一緒に生き方を整えられなくなりました。

 どうしたら良いか、樹林さんは一生懸命考えたのだろうと思います。

 

 そして気付いたのが、裕也さんの才能を、内田裕也家族として認め、尊敬し、護ること、だったんです。

 

 樹林さんは、裕也さんのロックンローラーとしての歌声を尊敬し、才能を認めていました。

 特に「朝日の当たる家」がお好きだとテレビで話しておられましたが、私も彼のこの歌を聴くと心の底が震えるように感動します。

 

 樹林さんが今回の人生において、内田裕也さんと言う存在を尊敬し認めることを全うするために行ったのが、そんな歌声を持つ彼のロックンローラーとしての人生を残すこと、でした。

 

 そのために、樹林さんはもっくんに頼んだわけです。

 養子になって、内田の家系を残してください、内田裕也というロックシンガーの素晴らしさを残して下さい、と。

 

 そしてもっくんは、それを承諾したのですね。

 

 一方、内田裕也さんは、お釈迦様の教えを勉強していませんでした。

 だから樹林さんの理不尽な束縛に困惑し、人生の途中では反発していました。

 

 けれども、樹林さんの裕也さんに対する姿勢、愛情と尊敬を持ち、且つ彼の奔放な生き方も認めるといった真摯な姿勢は、多分、裕也さんの心の中に、年を重ねるに連れしみじみと浸透しつつあっただろうと想像します。

 

 今現在、裕也さんが、樹林さんに対しどんな思いを持っておられるかわかりません。

 でも、もし尊敬とか感謝とか、そんな気持ちが湧き出ていたら、それは樹林さん共々に回転方向が整ったことを意味すると思います。

 

 これもまた「縁」のなせる技です。

 

 裕也さんのように、お釈迦様の教えなど関係なくても、樹林さんの生き方を見て存在の方向を整えることができるのです。

 

 そして今世の二人は「良い縁」として、森羅万象の回転方向に戻れたことになります。

 

 こんなふうに、何かの存在が森羅万象の姿のお手本となり、知らないうちに他の存在の回転方向を整えることもできます。

 

 

 良い世の中になるとは、良い人生を生きるとは、存在の流れを森羅万象の存在の流れに沿うようにすることである・・・・。

 量子生態学には、そんな概念もあるんです。

 

 

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 本年も、あと2日で終わりです。

 

 来年からは、新しい元号の時代が始まります。

 

 ところが世界には、大変な様相が見え隠れしています。

 

 数日前、経済界では、日本株式市場の暴落があり為替も乱高下しています。

 世界各国で貿易摩擦が懸念され、難民問題も解決の見通しが立ちません。

 自然災害は未曾有の激しさですが、異常気象、地震、火山の噴火などが、想像できない規模で起こっています。

 

 恐らくこの後、およそ10年ほど、時代は困難を極めるだろう事が容易に予測できます。

 

 量子生態学で見るこれらの困難の原因は、人類という存在の一方向の回転が、森羅万象の存在の流れの回転方向から、大きくズレて進んでいることです。そんな人間の生き方、世の中進み方という、回転方向の違いも、自然界の存在の流れの中では、ちっぽけな逆流に過ぎません。

 自然界は人間の思惑とは関係なく、悠々と流れており、その流れに逆らっていても元の流れに流されようとしているに過ぎません。ちっぽけな逆流が本来の流れに戻されているのが、経済の混乱であり、自然災害になっているだけのお話です。

 

 そんな地球規模の方向性のズレを軌道修正できるのは、一人一人のそれぞれが、森羅万象の中の一つの「存在」として、回転の流れを森羅万象に沿って整えることです。

 

 

 少しでも皆様の回転方向が整うよう、このブログでは手がかりを発信して行きたいと思います。

 

 

 本ブログへおいでの皆様は、そのキーマンとなるご縁をお持ちであることも、どうぞしっかり理解して下さいますよう、お願い申し上げます。

 

 

 とりあえず、目先のお正月が良いお正月でありますように、お祈り致します。

 

 本年のご愛読を、ありがとうございました。

 

 来年も、よろしくお願いいたします。

 

 思いっきり長くなりましたが、ご容赦下さい。

 

 

因果応報という輪廻転生の最後の姿

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いきなりで失礼致しますが、おさらいをお願い致します。

 

魂のこと、森羅万象のシステムのこと、お釈迦様の教え「十如是」のこと、です。

 

思い出しながら読んで頂くと、次のお話が、よりわかりやすいかと思います。

 

 

で、一つ目のテーマです。

魂とは?

 

魂とは、森羅万象における「存在」のことでした。

 

 

二つ目のテーマ、輪廻転生とは?

 

森羅万象の根源は、「存在」です。

あらゆる「存在」には、同じ回転の内容で一方向へ進むシステムがありました。

回転方向はたった一つ、逆行はあり得ません。

一方向にしか進めない状態になっています。

 

「時間という存在」は、存在の代表で象徴でもあります。

 

一方向の回転に沿って「存在」が、成立と消滅を繰り返すことが、輪廻転生です。

人間や動物の輪廻転生を私たちは、生まれ変わりと呼んだりします。

 

 

三つ目のテーマは、現象についてです。

「何かが生まれて動きが出る状態」は、お釈迦様の言う「十如是というシステムで進む回転」で説明されます。

 

何かが一つ起こる=生まれると、その起きたことは、次に起こることに影響しながら、一つの方向へ回転しながら進みます。

これまでのお話では、8段階まで説明しました。

 

 

レベル1=相 → レベル2=性 → レベル3=体 → レベル4=力 →

レベル5=作 → レベル6=因 → レベル7=縁 → レベル8=果

 

再説明します。

 

存在が物として形を持つと、最初に「相」という個性が生まれます。

「相」という個性は、それぞれの「性格」を作り、性格によって具体的な「体」=目に見える形が整います。

 

人間で言えば、個性が性格に現れ、それが体格や人相に影響する状態です。

 

「体」という実態ができると、「力」を持って他に影響を与えます。

「体」が美しければ、「人に美しく感じさせる」という「力」がある、と言うことです。

「力」は見栄えばかりで無く、実際に腕力とか権力とかのように、人に対し、腕の強い力でお年寄りの物を持ってあげるとか、権力でねじ伏せて人々に嫌な思いをさせるなど、物質にも精神的にも影響を作り出します。

 

これが「作」で、「作用」の「作」です。

 

「作」は、力を使って作用を及ぼした相手にとって、何かが変わる原因になります。

それが、「因」です。

 

因が、良い原因になっているか悪い原因になっているかで、「縁」の質が変わり、相から縁で作られる回転の結果である「果」が変わります。

 

「因」が、良い原因なら良い縁となり、良い「果」が作られます。

「因」が、悪い原因になったら、悪い縁になり、「果」は悪くなります。

 

そしてそれは報いとなって、回転の最終段階が決まります。

 

それが「十如是」のレベル9で、「報」です。

 

この報が、次の新しい回転へ繋がるのですが、その全てを含んだ全部の様相を、本末苦境等」とお釈迦様は呼びました。

 

その本末究竟等なりとは、次の様な意味です。

 

本末=初めから最後までのレベル1〜9段階の回転の連続システムは、究竟=ものごとにおける究極の本質で、等=等しく誰にでもどんなものにも備わっていますよ、ということです、

 

これがレベル10の意味で、この10段階を「十如是」と呼びます。

 

 

ですから、「因」が作る「縁」が、悪い「果」であったら、「報」=むくいは当然悪くなることは予測できます。

 

しかも「存在」は永遠に一方向へ回転し続けますから、「報」が悪ければ、新しい回転は悪い「報」を引きずって継続します。

その上「存在」には「記憶と記録」がありましたから、回転システムには「悪」の記憶と記録がしっかり記されて、その基に回転が成立することになります。

 

 

そんな輪廻転生の回転の行く先を想像すると、何とも恐ろしいですね〜・・・・・絶句・・・・

 

 

ところが一方の、良い「報」なら、新しい回転の先は明るい!!!!!

 

 

と、こうしておさらいすると、十如是で作る回転の姿は、とても大切です。

しかも人生という輪廻転生に於いて、この回転がそれぞれお互いに、どう地球や社会が影響されるかを想像すると、う〜ん、個人的に、みんな頑張って良い回転にしようよ!!!と、叫びたくなります。

 

 

そして次回、樹林さんがどんな思いをお持ちだだったか、私や夫の見解ですが、記したいと思います。

 

次回まで、ご自分の人生の十如是ってどうかなあ、と考えてみると良いかと思います。

 

 

ということで本日は、十如是の絵を添付しますね!

 

では次回まで、このおさらいを、是非じっくり頭に入れてくださると幸いです!

 

 

 

 

 

・・・やっぱり、長文でした。